デス・オーバチュア
第286話(エピローグ15)「長い幕間の終わり」




氷地獄(コキュートス)。
その名が示すとおり、全てが凍結した氷(静寂)の地獄(世界)である。
魂の牢獄にして悪魔の流刑地。
咎人達が永久に眠る場所……。


「…………」
アィーアツブス・リシャオース・ リリス・ナカシエルこと通称(自称)メアリーの眼前に、山のように巨大な氷塊が隆起していた。
「まさかと思って来てみれば……」
氷塊の中には、とてつもなく大きな『異形』が封じ込められている。
「よりにもよって、最悪のモノが溶けかている……いえ、解けかけていると言うべきか……」
氷地獄の永久凍土は『封印』だ。
この氷の大地の下には、罪深い人間の魂と邪悪極まる悪魔達が永遠に醒めることのない眠りについている。
氷地獄とは、咎人のための永久牢獄なのだ。
罪人、咎人等と言っても、人間はともかく悪魔に罪など……悪など本来存在しない。
悪を成すのが、人を悪に誘うのが悪魔なのだから……。
では、悪魔にとって永久封印(投獄)されるような罪とは何か?
それは唯一つ……『王』に逆らうことだ。
『神』に逆らった天使が地に堕とされるように、悪魔王に反逆した悪魔が放り込まれる場所がこの氷地獄である。
「この非常時に監守は何処でサボって……」
「地上に遊びに行って、帰ってこれなくなったのよ、あの淫乱馬鹿はっ!」
メアリーの呟きに答える声があった。
「遊び……喚び出された? 彼女が?」
この氷地獄の監守(女王)である『彼女』を呼び出せる者が地上に居るなど、とても信じられない。
彼女はその辺の小悪魔とは違うのだ。
淫魔夢魔の頂点に君臨する女王にして、四色の悪魔騎士の一人。
悪魔王も含めた全悪魔の中で、間違いなく十本の指に入り、五本の指にすら入るかもしれない程の実力者だ。
魔族に例えるなら『限りなく魔王に近しい高位魔族』……それ程の存在を、人間如きが召還できるわけがない。
「……あ、それよりも今は……」
メアリーは思索を打ち切り、視線を氷塊へと戻した。
今は氷獄の女王のことよりも、目の前の『問題』を優先しなければならない。
「……確認してこないと……」
「確認ならもうしてきたわよ。不思議なことに、ちゃんと『七人』とも凍結(封印)されたままだったわ……」
黒いローブのフードを頭から深々とかぶった人物が、メアリーへと近づいてきながら言った。
「嘘!? いえ……確かにその方が問題はないけど……でも、それじゃコレは……」
メアリーは、信じられない、有り得ないといった表情で氷塊を見つめる。
「それより気づいてる? 馬鹿淫乱が……」
「……ええ、彼女に限らず悪魔が一匹も『戻れなくなった』ことでしょう? 完全に隔絶されましたね、悪魔界全てが……」
「隔絶なんて甘いもんじゃないわよ! 世界がまるごと封印されたというか、次元が完全に断絶されたというか……さしずめ『封絶』とでも言ったところね!」
「……封絶……」
なかなか的を射た表現(言葉)だ。
「アタシのナイスネーミングに感心してくれるのは嬉しいけどさ……今はそれどころじゃないんじゃない?」
黒いローブの人物は嬉しさ半分、呆れ半分といった感じで口元を綻ばせる。
「……ええ、そうですね、問題は……この封絶が誰の仕業で目的が何かということ……あなたは、誰の仕業だと思いますか?」
「ん? そんなの……容疑者を悪魔だけに限定するなら……二人しかいないわよ」
「ええ、その通りです。こんなことが可能な存在は悪魔界広しといえど、たった二人しか存在しない……」
どこぞの『皇』だとか『神』だとか別界の存在まで含めると容疑者が結構増えるが……コレは間違いなくこの世界に属する者……『悪魔』の仕業だ。
「一人は全ての悪魔の頂点に君臨する者……」
「あんたの最愛の人ね」
「…………」
「何? 違うの? 最近不仲? 破局寸前?」
「違いませんが……『王』に対してもあなたの不遜な態度は変わらないのですね……」
「何言ってるのよ? いくらアタシだって悪魔王様やあんたは『馬鹿呼ばわり』しないでしょう」
「…………」
「これでも認めた相手にはちゃんと敬意を払って『あげてる』のよ」
「……それは……ありがとうと言うべでしょうか……?」
「で、話は戻すけど、コレは悪魔王様の仕業じゃないわよね?」
「当たり前です」
「じゃあ、もう一人の方か……長いこと姿を見せなかったから、てっきり滅したのかと思ったのに……ちっ、残念」
「あの御方がそう簡単に滅ぶわけがありません……まあ、直接の面識はありませんけど……」
「アタシだって『今のアタシ』として会ったことわないわよ。最後に会ったのは何千、何万年前だったか……」
「時間感覚が違うのでしょうね、私のような『元人間』とは……」
「まあ、確かにあんたと真逆(まぎゃく)な存在と言えるかもね、あいつは……」
もっとも古く、もっとも純粋な原種の悪魔……その名は……。
「……さて、とりあえずは報告に戻るとしましょう……ここは寒すぎる……」
メアリーは寒さに震えるように、己が体を抱きしめた。



「…………フッ」
壁にもたれかかり瞳を閉ざしていた赤い神父が、不意に微笑った。
「ベリアル?」
それが彼の名前。
セブンチェンジャーの化身を自称する金髪赤眼の美青年だ。
「寝ていたのではないのか……?」
ベリアルは腕を組んで壁にもたれかかり瞳を閉じたかと思うと……数時間微動にしなかったのである。
眠っているとエレクトラに思われても無理はなかった。
「少し『遠く』を見ていただけだ……フッ、『皆』生き生きとしていたな……」
「ああ……『彼女達』の様子を覗いていたのね……?」
彼女達とは、セブンチェンジャーに宿る七体の大悪魔のことである。
「さぞ満喫しているのでしょうね、束の間の自由を……」
「ああ、君と違って彼女ではあの七人を完全に支配下に置くことはできないからな」
「支配していたのは私じゃなくて……いえ、何でもないわ……」
エレクトラは「支配していたのはベリアル(あなた)でしょう?」と言いかけてやめた。
セブンチェンジャーの形態(能力)は七種、そして宿る大悪魔は七体。
ベリアルなどという悪魔は本来セブンチェンジャーのどこにも存在しないのだ。
だが彼は自分をセブンチェンジャーの化身と自称する……その辺の事情というか、システムはエレクトラにもよく解っていない。
また強く追求することもできなかった。
どうせこの赤い悪魔(ペテン師)は上手くはぐらかすに決まっている。
それに、万が一誤魔化しきれなくなった時……彼がどうするのか考えると……怖いのだ……。
七大悪魔全員よりも、この赤い悪魔一人の方が……エレクトラは遙かに怖い。
彼が七大悪魔全てを『抑えつけていた』という事実からではなく、本能的にエレクトラには解るのだ。
彼の底の知れない怖さ(強さ)が……。
「まあ、束の間の自由で終わるか、完全なる解放になるかは……今後の運命(展開)次第だが……」
「えっ……何?」
「いや、あの七人を侮ってはいけないということだ。特にファーストの強(したた)かさと、セブンの激しさは……」
「ファーストとセブン……私の使えない『二人』か……」
エレクトラは口惜しげに二人の名を上げた。
「そう気に病むことはない。君は、この世に五人と居ないファーストの『資質者』だ」
「資質者……」
「そうだ、それも『人間』に限れば『ファーストを従えられる可能性を持つ者』は君唯一人だけだ」
「人間……ええ、確かに私は純粋な神でも魔でもない……ただの人間よ……」
自分の掌を見つめながら、エレクトラは自嘲する。
「己を卑下するのは感心しないな。何者であり何者でもない……君にはそれだけの可能性があるということだ」
ベリアルは真顔でそう告げた。
彼にしては珍しく、嘘くさいまでの優しさも、狡猾な意地悪さも感じられない。
「資質……可能性……そんなものばかりなのね、私は……」
「仕方あるまい、今の君はまだまだ未熟なのだから」
「っ……はっきり言ってくれるわね……」
「甘い言葉が欲しければいくらでも囁くが?」
「結構よ……」
「それは残念だ」
ベリアルはそう言いながら悪戯っぽく微笑った。
「…………」
エレクトラは疲れたような表情で小さく嘆息する。
「フッ……んっ?」
「どうした、ベリ……つううううっ!?」
突然の爆発的な魔力の発生と共に世界が震撼した。


「ふむ、どうやらまた、『微睡みの天使様』が何者かを召還したようだ」
「召還ね……この調子だと『上』に此処の存在がばれかねないわ……」
地震がおさまるなり、ベリアルとエレクトラは振動と魔力の発生点へと向かっていた。
長い回廊を抜けると、やがて『とてつもなく広い部屋』へと辿り着く。
「偉大なる母(グレートマザー)……うっ!?」
エレクトラの目に最初にとまったのは、この部屋の主である少女ではなかった。
部屋全体に描き出された超巨大な魔法陣の中心に存在するモノ。
いまだこの『領域』全てを埋め尽くさんと、荒れ狂い続けてる魔力の発生点たる存在だ。
「ほう……」
ベリアルが感嘆の声を上げる。
「これはまた分不相応なモノを喚んだものだ」
「…………」
魔法陣の中心(魔力の発生点)には、一人の女が長い包みを抱いて蹲っていた。
長くボリュームのあるストレートの白髪、艶めかしい褐色の肌。
彼女は衣服を纏っておらず、包帯のような黒布を裸体の数カ所に巻き付けているだけだった。
手首、二の腕、足首、太股、胸部、秘所、そして顔。
両目を隠すように顔上半分に巻かれた黒布には、大きな一つ目のような赤い模様が描かれていた。
「違う、あの人じゃない……でも、この感じは確かに……」
エレクトラは困惑の表情で何事かを考え込んでいる。
「なるほど、『姿』に見覚えはないが、『気』には身覚えがある……といったところか」
ベリアルは、エレクトラのそんな様子を楽しげに横目で眺めていた。
「……ょ……ぅ……」
掠れるような小声を発し、褐色の女はゆっくりと動き出す。
「んぅ……」
褐色の女は、己が『影』の中から一枚の衣を引き出した。
衣は赤縁の黒衣(上衣)。
褐色の女が黒衣を羽織ると、影の中から紫の細帯が飛び出し腰へと結ばれる。
「ふぅぅ……で、何か御用ですか?」
一息吐いた後、褐色の女はエレクトラ達に話しかけてきた。
「用も何も、こんな凄まじい魔力を発生されたら様子を見に来るのが普通だ」
「……これは失礼……」
褐色の女がパチンと指を鳴らすと、周囲に充満していた魔力が綺麗さっぱり消失する。
「こちらに呼び出されるまでは、魔力を抑える必要のない場所に居たもので……」
「ほう、そんな場所があるのか……いや……なるほど、そういうことか……」
ベリアルは一人勝手に何事かを納得しているようだった。
「…………」
褐色の女は、床に突き立っていた赤い長包みへと左手を翳す。
赤い長包みは褐色の女が左手を翳すと『開封』され、赤い長布と二振りの大太刀とに別れた。
170pを超す長身の褐色の女より大太刀はさらに長く、六尺(約180p)はある。
「野太刀……斬馬刀か……」
「…………」
褐色の女は無言で武装を終える。
腰掛け(ショール)のような赤布は腰に巻かれ、大太刀は背中で交差するように張り付いていた。
「……では、私はこれで失礼します……」
「別に構わないが、名前ぐらい名乗っていったらどうだ?」
「イョーベールだそうです……私を召還して倒れた少女が言うには……」
「姿が見えないと思えばそういうことか……で、どっちのイョーベールかな?」
イョーベール、獣帯(黄道)を司る十二の獣(星宮)にはその名を持つモノが二匹存在する。
巨蟹宮と人馬宮だ。
「蟹か? それとも馬か?」
「どちらなりとも〜」
褐色の女は口元に微笑を浮かべて、軽やかに答えるのだった。




「……っ……ぅ……!」
「ほらほら、どうしたの?」
休むことなく鳴り響く金属の打撃音。
ベルフェゴールは左右の棍棒(メイス)をリズミカルにタナトスへと叩き込み続けていた。
タナトスは『槍と斧と鉤爪が合体したような長柄武器(ハルベルト)』でメイスの乱打を受け続けるだけで手一杯で、攻撃に転じることができない。
「間合いの重要さが解った? 長柄の武器を使うなら、絶対に相手を『内側』へ入れてはいけないのよ」
「くぅ……っ」
「ほらね、何も……できないでしょうっ!」
「がはあぁっ!?」
ついにハルベルトの防御を突破したメイスが、タナトスの顎を下から打ち上げた。
「追い打ち!」
ベルフェゴールは、第一撃(左手のメイス)で浮き上がったタナトスの顔面に第二撃(右手のメイス)を振り下ろす。
「つぅっ……ぐはぁっ!」
タナトスがギリギリで首を逸らしため、鉄槌は彼女の顔面ではなく右肩にめり込んだ。
「よく避け……とっ!」
ベルフェゴールは両手のメイスを手放し、後方へと跳び退る。
次の瞬間、先程まで彼女が存在していた空間をタナトスの左足が蹴り抜いていた。
「はぁ……はぁ……」
タナトスは右肩を左手で押さえながら、荒い息を整える。
「大分マシになってきたわね……でも、まだまだ技術が追いついていない……あなたの戦意に……」
ベルフェゴールは大地から二振りのバスタードソードを引き抜いた。
「くぅぅ……」
タナトスはハルベルトを大上段に振りかぶる。
「遅いっ!」
「砕っ!」
ハルベルトが振り下ろされた瞬間、ベルフェゴールの双剣がタナトスの腹部を切り裂いていた。
「なっ……ぁ……?」
「いくら超重武器とはいえ遅すぎて欠伸が出るわよ……」
ベルフェゴールはそれ以上の追撃はせず、バスターソードを放り出し、タナトスに背中を見せて遠ざかっていく。
「くっ……まだぁ……終わ……」
「今日はもう終わりよ、久しぶりに『運動』したんで疲れたわ……」
「っ……ぅ……ぁ……」
タナトスは前のめりに倒れ込むと、そのまま意識を失った。



歌声が聞こえる。
フローラの陽気で素朴な歌声とも、アイナの切なく儚げな歌声とも違う、どこまでも美しく荘厳な歌声だ。
「……ん……あ……?」
歌声を目覚まし代わりにしてタナトスは覚醒する。
「やっと起きましたか? この似非死神」
歌が止み、同じ声が罵倒……話しかけてきた。
「似非……まあ、間違ってはいないが……」
タナトスは起き上がり、体の調子を確認する。
「体が軽い……それに怪我も全て治っている……?」
一言で言うならダメージも体力も『全快』だ。
いや、ただ回復しただけでなく、『元』よりも体力や気力が充実した気さえする。
「随分と無警戒ですね、この戦闘民族は……」
「誰が戦闘民……」
「身体よりも周囲の状況を確認するのが先ではないのですか? 得体の知れない者に背中を取られているのですよ?」
「あ……あ?」
『得体の知れない者』の言うとおりだ。
まったく覚えのない声、気配が背後に存在しているというのに、いまだに正体の確認もしていない。
そうなぜか、この存在に対してはまったく危機感や警戒心が働かなかったのだ。
「……えっと……初めまして……?」
タナトスはゆっくりと振り返ると、そこに居た者に挨拶をする。
「…………フッ」
相手はタナトスの挨拶に対して失笑で答えた。
黒と赤で構成された扇情的な衣装を纏った少女。
小柄で身長は156p前後、年齢は14〜16歳の間……なんとなく二人の妹(クロスとフローラ)の丁度中間のような印象を覚えた。
瞳は宝石か水晶のような透き通る赤、黒髪のセミロングでヘアバンドのように赤いリボンをつけている。
ノースリーブ(袖無し)で丈の短い(へそだし)シャツ、ミニスカートにオーバーニーソックス、アームフォーマー……以上の物は基本色は黒だが、ネクタイ、ライン、フリルなどの赤がアクセントとして加えられていた。
他に特徴と言えば、両手のアームフォーマーに赤いリボンが絡み付くように結ばれていることと、右肩に180pはある長袋を背負っていることだろう。
「ええ、初めまして……駄神さん」
「……ダガミ?」
「駄目駄目な似非死神の略ですが、何か?」
少女は爽やかな冷笑を浮かべて言った。
「…………」
「ああ、そうですね……確かに少し語呂が悪いかもしれません……」
「いや、そうじゃなくて……」
「では、この売女(ばいた)」
「ば……」
いきなりのあまりの蔑称に、タナトスは絶句する。
「おや、雌豚の方が良かったですか? 一応人間扱いしてあげたのですが……」
「売女でいい……いや、よくない!」
少女のあまりにも堂々とした不遜な態度に、うっかり卑屈に受け入れてしまうところだった。
「我が儘極まる人ですね……いいでしょう、駄目人間に格上げしてあげましょう」
「あ……ありがとう……ございます……?」
なぜ自分は礼を言っているのだろう? しかも敬語で……。
「まあ、もっと貴方に相応しい呼び名を思いつくまでの暫定処置ですが……」
「…………」
「さあ、駄目人間。治療してあげた礼に私を貴方の家に招待しなさい」
「……はい……是非、お出でください……」
駄目だ。
絶句してしまうか、卑屈に従ってしまうかのどちらかしか対応ができない。
きっと相性が最悪なのだ。
自虐がちの自分は、『他虐』の申し子のようなこの少女と、最悪に相性が『合っている』のかもしれない。
「結構、では、さっそく案内してください」
「……その前に、名前ぐらい教えてくれないか……私は……」
何とか卑屈に成りすぎないように、自分を取り戻そうとタナトスは頑張って普通(?)に話しかけた。
「死神(タナトス)……自己紹介はいりません」
「なぜ、知って……」
「で、私の名前ですか……」
タナトスの疑問など当然のように無視(シカト)し、少女は何事か考え込む。
「……いいでしょう、偽名を考えるのも面倒なので真実の名を教えてあげます」
「…………」
「アリアです。アリア・フィーナ・フイナーレ……特別にアリアと呼び捨てにしてくれていいですよ、タナトス・デット・ハイオールド」
見下す眼差しに、冷笑を浮かべて、彼女は名乗った。











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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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